最近の農家と農作物(1)

 私がムラに来た頃、珍しい生き物でも見るように遠巻きにして、道で出会っても目を合わせずにボソボソと訛りのきつい言葉で早口で話し、私が少しムラになれてくると開けっぴろげで、人の良い笑顔を見せて「字が書けたら百姓何かしているか」「計算が出来たらな、こんな仕事(農業)しなくて街に勤めにでも出たんだがな」と話してくれた人達の多くは「あちらの世界」に行きました。
「協同」と言う名のもと、つぶれ農家を出さないように個人の欲は押さえられ、ムラ人の不幸を待つ規模拡大農業は禁句で、二人三脚のように皆で足を縛りあい、罵りながらも助け合ったムラは無くなりました。人が変わった、ムラが変わった、時代が変わったようです。
 農家の後継者、新規就農者を問わず、最近の農家はよく勉強して、数字にも強い人が多くなりました。「口八丁、手八丁」なスマートな農家が増え、ムラの外に出ても十分に自己の意見を述べる農家が増えてきました。嬉しいです。
 平均して農家が優秀になったぶん、馬車馬のように働き、適当な品質管理で、農協に言われるままに肥料や薬をまき、農作物の都合より自分の我が儘を通して、酒を呑み、「儲からねえ、儲からねえ、これだから百姓何かやってらんねえ」と嘆きつつも、朝になると黙々と働く「まぶしく、味のある」農家は減ってきました。
 農業が生業から経営になり、「農業のグローバル化」という言葉で煽られ、見たこともない中国やアメリカの農家や農業企業と戦わされるようになりました。「字が書けたら・・・」などと言っていられる時代ではなくなったようです。
 今までの農家はムラ内で農業生産、祭り、生活を共にして生きてきました。農業はムラの中の大切な一部でした。
 現代はネットという便利な通信手段が出来たために、意欲的な個々の農家はムラを飛び出し、農法で繋がり、販売で協力して広域で繋がれるネットワークを作るようになってきました。祭り、生活などのムラの文化を創っていた物が奥に追いやられ、農業が前面に出てきています。
 広域で点と点が繋がるネット時代の農家が幸せなのか、ムラ内の小さな面で縛られ、助け合ってきた昔の農家が幸せだったのか分かりませんが、これだけ情報化が進み、農家が少なくなりますと後戻りは難しそうです。「生業が企業になる」と言うのでしょうか、ムラと農家の関係も変わって行くと思います。