(2)S爺さん

S爺さんは、大正2年生まれですから今年94歳です。私から見たらすごく良い爺さんですが『老いた木は曲がらぬ』なのか、今は独りで家に住み、毎日の家事を自分でこなし、ここ数年入院中の奥さんを病院に見舞い、水田2町歩に鶏数十羽を飼う現役の百姓です。 90歳を過ぎて流石にこの頃は体力が衰えてきたようですが、小柄な身体ながら背筋を伸ばし矍鑠として生涯現役、車もトラクターも乗りこなして自力で農業をやっています。
 「鶏の育雛や餌を我が家で作り、爺さんの餅米を分けて貰う」そんな付き合いがここ十数年続いています。爺さんの餅米は「赤餅」と呼ばれる餅米で、大変美味しい餅米です。爺さんの話によりますと、明治の初期から代々家で種米を採取して、品種を変えず作り続けている餅米です。この餅米で餅をつきますと不思議なことに、翌日になっても堅くなりません。それでいて雑煮餅にしても、とろけてしまうような軟弱餅米ではありません。
爺さんは昨年トラクターに乗用中に横転して水田に身体ごと投げ出されました。運良く、爺さんの身体は水田の側溝に巧く入り込み、その上をトラクターが一回転。奇跡的にトラクターの下敷きを逃れました。打ち身の怪我はありましたが、爺さんは常日頃から「医者なんかに行ったら殺される」と放言するほどの医者嫌い。自分の信じる温泉に車で通って怪我を治したようです。
数年前に我が家の枇杷の実が気に入り(我が家では丹念に枇杷の実を摘果しているために大きい実が出来ます、それが気に入ったようです)、喜んで家に枇杷の種を持ち帰りました。その種を家で蒔き、種から枇杷を育てているようです。その気の長さと言いますか、悠久の時間感覚には頭が下がります。この時間感覚こそ「次の時代を信じて」代々耕し続ける百姓魂かも知れません。
自分の身体は自分(温泉や民間療法)で治し、今も現役の百姓を続ける爺さんには「二つの夢」があるようです。
 その一つは100歳でNHKの『のど自慢』に出ることのようです。その為に歌の御師匠さんについて「磯節」をここ数年習っているようです。
 残りの希望は、120歳まで元気に生き、長寿日本一になることの様です。
 元気で長生きを祈りつつ「頑張れ爺さん」です。
我が家の枇杷。ちょうど今頃が食べ頃です。